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2018.09.01(土)

9月の法話

おごれる人も久しからず ただ春の夜の夢のごとし 『平家物語』

宗祖・親鸞聖人の時代は、武士が世の中の政治を握るようになる大変な時代でした。その象徴が平清盛でした。それまで貴族は自衛のために武士を雇い、宮中の警備を担当させていました。
武士が政治を握るようになると、次第に世の中の悲惨な殺し合いは当たり前になり、敵軍の首を取ったら歓喜の声を上げる。その恐ろしさは今では想像できないのですが、親鸞聖人はその時代におられたのです。

親鸞聖人の八歳の頃には平清盛は東大寺・興福寺を焼く事件を起こしています。(真宗聖典一一三六頁参照)
親鸞聖人の出家前の頃で民衆は大飢饉で苦しんでいました。

一方では清盛の野望は燃え盛ります。しかし、それも空しく時が過ぎ終わっていく命でした。驕れるほどの権力を得ようとも、長く続くわけもなく・・・。

確かに権力を得た時は清盛は「ようやく平氏の時代が来た」と高らかな声をも上げたことでしょう。欲望のままにやりたい放題したこともあったでしょう。

しかし、それはただ春の夜にみる夢のような束の間のドラマでしかなかったのです。

「おごれる人も久しからず ただ春の夜の夢のごとし」

ご機嫌を取っていた後白河法皇には寧ろ裏切られてしまい、後継者として期待していた長男・重盛には先立たれてしまいます。一度倒したはずの源氏から打倒の対象とされ、やがて病死して行きます。そして清盛を中心としていた平氏は源氏に滅ぼされていきます。清盛の妻・時子は孫である安徳天皇を抱いて入水自殺して行きます。清盛が権力の野望のため長女・徳子を皇族に嫁がせ安徳天皇を産ませていたのです。

その後源氏が世の中の政治を握るようになり平氏の時代は全く忘却の彼方へ行くようでした。まるで元々なかったかのような空しさです。
そして源氏の源頼朝が征夷大将軍となります。その時親鸞聖人は二十歳の頃でした。

しかし又おなじように源頼朝も「おごれる人も久しからず ただ春の夜の夢のごとし」の言葉の通り空しくその七年後命終えました。

このことは『平家物語』が見事にドラマ化して描いています。この『平家物語』は法然上人も登場人物で描かれています。
どの時代においても真実として諸行無常の響きを教えられます。親鸞聖人が「ただ念仏のみぞまことにておわします」と言われたのは、この人間の諸行無常の姿を見たことが自分の内容として言い当てられた。そのことが背景にあると思います。

親鸞聖人の見た諸行無常という世界観は又同時に現代の私達の命の姿をも言い当てているのではないでしょうか。

森林公園昭和浄苑・銀田琢也